断る力

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こんにちは、風呂めぐみです。ご縁のある皆さま、いつもありがとうございます。高松でソーシャルビジネスのプラットホーム、コワーキングスペース・ガイニーを運営させていただいています。コワーキングスペースという提供させていただいている設備の特徴から、起業時の初期投資費用をおさえられるため、何かをはじめたい方の利用も多く、相談にのることがあります。セルフブランディングのお手伝いをさせていただいています。


ナイジェルのブーツ事件を思い出した

「断る力」をマイ棚に追加しました。レビューもアップしました。アサーティブを日本人向けに書いている内容です。私は、どちらかというと不思議とアサーティブな振る舞いはできていると思います。この本を読んで、逆にどうして日本でなじまないのか?という事がよく理解できたように思いました。それと、一度アサーティブな振る舞いが、出来ずに後悔している出来事があります。その時、誰も<ahref=”http://www.jtua.or.jp/telecomforum/PDF/0807/200807medie.pdf” target=”_blank”>メディエーター役の人がいなかったせいでもありますが、その事件を今思い出したので、書く事にしました。

スキーのインストラクターをしていたとき、ニュージーランドから来たスタッフと共に、山小屋で生活をしていました。山小屋といっても、十分な設備ではなく、色々と不便もあり、たくさんの人が生活を送るのに、しっかりとしたルールや決めごとをしないと、皆が気持良くは生活できない状況でした。

日本人は、比較的集団生活にも、組織にも慣れていて、トップダウンで言われた事に関しては、守るのが上手な人種、しかしNZの方々はそうはいきません。個性が強く、自己主張をしっかりとされます。たとえば、話し合いで、ゴミの当番を決めようとしたとき、日本人は月曜日は誰、火曜日は誰と言った決め方をしますが、彼らは同じ事を当番で決めるのはよくない、自主性が大切だ、もっと大きな枠で決めたらどうか?と言った具合です。ではどんな枠組みで?とうかがうと、気がついた人がやれば良い。と言って、その要望をのんでしまうと、結局は、勤勉な日本人がゴミ捨てをする事になるのです。そんななか、事件は起こりました。

私は、そのシーズンは違う宿に間借りしていたところで、過ごしていたのですが、いつも、本部の山小屋に行くたびに、玄関の上り口に、オレンジ色のスキーブーツが置いてありました。それも、置いてあったならば、まだしも、転がっていたと言った方が表現は合っていたと思います。いつも置いてあって、誰もなんともしようとしない事に私は、あきれていました。持ち主はわかっていました。NZのスタッフでした。もう一足こちらで購入したブーツを履いて仕事をしていたようです。シーズンも終わり、最終のかたずけや掃除をするまで、そこに転がってあったのです。

やがて、日本人の私とシーズンを一緒に過ごした、女性の一人がそのブーツをご丁寧に、捨ててしまったのです。それで、捨てたという報告を、捨てた後に私はうけました。私がしたかった事を彼女がしたので、私は彼女に、私も捨てたかったし、よくやってくれたよと言ったのでした。数日はそれでなんともなかったのですところが、持ち主は、帰る前の日になって、ブーツがないことに気が付き、騒ぎだしたのです。それで、私は皆が探している事に気がついたので、捨てた事を知っていたので、ボスに、捨てた事を伝えました。しかし、ボスは、捨てた事をその時は皆に言わず、ブーツが見つかるまで、皆で探すよう言ったのでした。

そして、ブーツは見つかりました。私もどこに捨てたかまでは、聞いていませんでしたし、まして、燃やしたまでも知りもしませんでした。ブーツはゴミを燃やすところで、燃えた残骸が見つかったのでした。その残骸を見たとき、持ち主の落ち込みようときたら、私も驚いてしましました。また、そんなに大切なものならなんで、いつもいつまでも、その辺りに転がして置いたのか?とも思いましたが、捨てた事に賛同した私は、ものすごい後味が悪い思いをしました。捨てられてもしかたがなかった、状況下だと私は思いましたが、彼らはなぜ、捨てられて燃やされたのかが、理解できず、その話題になると、水かけ論になりますし、誰が捨てたのかという事までは、誰も言わない状況となりました。

私は捨てた事に賛同した事で、彼女を非難する事もできず、結局この問題を、自分の中でうやむやにしてしまいました。その結果、いつもアサーティブな立ち振る舞いが、できていたのにぎこちない、立ち振る舞となり、疑いの目が私に向いている事にも気が付きました。

結局、たぶん、疑われたまま、彼らはNZに帰ってしまい、苦い思い出になってしまいました。あの頃に問題を解決する能力が私にあれば、私がメディエーター役になれていたのかもしれませんね。皆が嫌な思いをしたなか結局一番嫌な思いをしたのは捨ててしまった彼女だっと思います。
もっと、なぜ、そうゆう事になったのかを、話しあうべきだったのではないかと、思いました。

「断る力」とは、ちょっと話がそれてしまいましたが、この本を読んで、なぜか思い出してしまいました。

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