ホームスティに行けた経緯

The following two tabs change content below.
こんにちは、風呂めぐみです。ご縁のある皆さま、いつもありがとうございます。高松でソーシャルビジネスのプラットホーム、コワーキングスペース・ガイニーを運営させていただいています。コワーキングスペースという提供させていただいている設備の特徴から、起業時の初期投資費用をおさえられるため、何かをはじめたい方の利用も多く、相談にのることがあります。セルフブランディングのお手伝いをさせていただいています。

昨日、18年前にアメリカの、ド田舎にホームスティに行かせてもらったと、ちらりと書かせてもらいました。今日は、どうやって、どうして行くことになったのか、どんなホストファミリーと出会ったのかと言う事を書かせてもらおうと思いました。

行かせていただいた、団体名は、「ライオンズクラブ」です。といいましても、私の父は会員ではありません。当時電信柱に貼ってあった、ポスターの「Exchange student募集」のフレーズを見て、応募しました。それこそ、当時の私は、えくすちゅーず?って何?というレベルでした。採用方法は、作文と面接でした。面接は、集団面接とグループ面談の二回でした。当時20名ぐらい応募者がいて、もっといたのかもしれませんが、面談に来ていたのは、20名程度でした。

選出人数は2名、どこに、どのような理由でホームスティに、行きたいのか?という事が、テーマでした。私は、親に内緒で応募していました。私に決まるとは思ってもみませんでしたので・・・。親には、行くことが決まってから報告しましたが、すごく喜んでくれました。

費用は、クラブが半分負担、本人が半分負担という条件でしたが、良い経験になると、二つ返事で行かせてくれました。今から思うと、私一人の実力で、選考に残れたとは思っていません。実は、今で言う、プロデューサー的な方がいました。塾の先生です。塾の先生に応募して、作文と面接がある事を相談したら、作文は、私の得意分野、スポーツとバスケットボールの事を、書いて提出するように言われ、面接では、本場アメリカで、バスケットボールに触れてみたい、また、将来スポーツインストラクターを職業にしたい事を、言うように指導されました。現に、その通りの道に進みましたが。今は、何故か、小さな会社の総務部長をしています。

今でこそ、なぜ私が選考されたのか、わかります。なぜなら、当時全員と言って良いほど、将来は英語を勉強して通訳になりたいとか、英語を生かした仕事につきたいと、英語が中心の事しか、皆言ってなかった中で、私がスポーツの事でホームスティしたいと、発言していたものですから、インパクトに残ったのだと思います。集団面接の時には、あまりに、英語英語と皆さんが言うものですから私の発言の場面が、来たときに、「私も英語って言ったほうが、良いのかなぁ~。」と、ちらっと、頭をよぎったくらいでしたが、プロデューサーの言うとおり、自分の軸で発言しましたところ、認められたと言う訳です。

続きは、また今度ということで。

Comments are closed, but trackbacks and pingbacks are open.